ヒマラヤの懐に抱かれるネパールの村で、子どもたちとお絵描きをすることの意味を考える

 

 

 

ナマステ〜、ネパールからライターみやちかです。

ネパールでは3月といえば、春から夏への移行期。カトマンズよりも標高の低いポカラでは、3月の昼間は半袖でもいいくらいなのが通例ですが、今年は、どっこい。

冷たい雨が降り、標高2500m以上の村では、雪まで降る始末。

史上稀に見る寒い3月となりましたが、そんな中、日本からやってみた約20名の皆さまと行ってきました! 朝晩は氷点下10度しかない(今年に限ってですが)、世界第7位の高さを誇るダウラギリの麓の村々へ。

そして、今年も村の学校で、子どもたちとアートを楽しんで参りました。

今回は、そのレポートをするとともに、山奥の村で子どもたちとお絵描きをすることの意義について考えてみたいと思います。

 

 

ナウリコット村の子どもたちと絵を描く旅に同行して

そもそも、ヒマラヤの麓の村の学校で子どもたちとお絵描きを楽しむというこの旅が始まったのは、10年前のこと。

一年に一回のペースで行われ、今年の3月で10回目を迎えました。

 

いいだしっぺは、金斗鉉さんという日本在住の水彩画イラストレーターの方。

そして集まったイラストレーターやグラフィックデザイナー、造形アーティスト、絵が趣味な人々、元教員の方々、学生さんなどなどの面々。

リーダー的な存在で毎回参加している方々数名以外は、毎回、新しい顔ぶれもあり、行われるアート授業も参加者の得意分野に合わせて、バラエティに富んでいます。

このツアーのポカラでの宿泊先が、私が以前経営していた宿だったことがあり、私も何回かお手伝いとして参加させていただいています。

 

 

カトマンズやポカラとはまた違う、標高の高い村での暮らしや学校生活

 

さて、さて、私が、山の村へご一緒させていただくのは、今年で3回目になります。

標高800mのポカラから、標高2800mのジョムソンまで飛行機だとたったの20分。ダウラギリとアンナプルナ山脈の間を流れるカリガンダキ渓谷を定員17名の飛行機で向かいます。

飛行機を降りたら、そこはすでにチベット文化圏。ネパールとはいえ、チベット系の民族が多く住むエリアで、仏教徒が多く、家の様式もチベット風の雰囲気です。

大きな木もまばらで、土地は乾燥し、午後は強風にさらされ、気温差も激しい。美しいヒマラヤが目前に迫る圧倒的な風景でありますが、人が生活していくには、なかなか厳しい環境ではあります。

 

この旅で毎年訪問しているのは、公立校3校です。

宿泊地のタサンビレッッジという宿があるナウリコット村の小学校(全校生徒約25名)、川向こうにあるサウル村の小学校(全校生徒約15名)、そして、このあたりでは一番大きなコバン村の学校(全校生徒約125名)です。

 

ネパールの学校制度については、以前『ネパールの教育システムの現状と課題』で述べましたが、日本のように小学校、中学校というくくりで分かれてはいません。

1年生から10年生までがひとくくりです。(2017年現在12年生までをひとくくりとする移行期にあります)

 

山の上の村では、人口が少ないために、小さい村ごとに一つの公立校を設置するほどの数の子どもはいません。とはいえ、小さい子が歩いて自力で行ける範囲は限られています。

そのために、低学年である4年生までは、村ごとに小さな公立校を設置し、5年生からは、そのエリアで一番大きな村の学校へ合流させるという形が取られています。

ナウリコットやサウルの学校はそういう4年生までしかない小さな公立校です。ここの村の子供たちは5年生からは、コバンの学校まで歩いて通います。

山道を慣れない日本人の足でナウリコットからコバンまで約40分。でも、きっと村人や子どもたちは30分かからないんだろうとは思いますが。

 

 

上手に描くことよりも絵を楽しむ場に

この3つの学校でアートのワークショップを行うのは、年に1回、平日の午前中1時間半程度という限られた時間です。

低学年の子たちとは、お面をつくったり、紙飛行機をつくったり、かんむりや首飾りをつくったり、手軽に楽しめるものがメインです。

クレヨンをつかったり、色紙をはりつけたり、毎年、趣向をこらした授業が行われます。

もう少し大きい子たちとは、水彩画を体験してもらったり、デッサンの基礎を学んでもらうという授業もあります。今年は、初めての試みとして、学校の壁に壁画を描くクラスも設けられました。

 

上手に絵を描くことを教えるには、年に1回では、無理なこと。でも、絵やアートを楽しむこと、自分なりの表現を楽しむ機会は提供できます。

 

そして、日本から参加する人たちにも、村の子どもたちと一緒にアートを楽しんでほしい。もちろん、自分も一緒に楽しみたい。

いいだしっぺの金さんは、きっとこんな気持ちでこの旅をはじめたのだろうと思います。

教える側も、教えられる側もみんなが楽しい。そういう側面があってこそ、この旅が10回も続いているのだろうと私には思われます。

 

 

ネパールの美術教育の現状

ここで、ネパールの美術教育の現状にもちょっとふれておきたいと思います。

ネパールでは、美術に限らず、いわゆる試験科目以外の授業である、音楽、体育、図画工作、家庭科などは、ないがしろにされる傾向にあります。

 

うちの娘が2年前まで通っていたポカラの中堅の私立校でさえ、アートは週に1回、しかも、算数の先生が兼任というありさま。先生自体に絵心があるわけでもなく、塗り絵のようなテキストを書き写すことを指導したり、自習になることも多かったといいます。

音楽の授業は一切なし。

 

もちろん、一部のインターナショナルスクールや、月謝が1万ルピー(ウエイターの月給が1万ルピーあるかないかの状況においてです)もするようなハイソな私立では、そうではないらしいのです。

アートの授業あり、音楽の授業ももちろんありです。外部から特別講師を呼んでの授業もあったりするそうです。

が、ネパールの人口からしたら、このような、アートやクリエイティブな授業に接することができる生徒は本当に、ひとにぎりで数パーセントにすぎないことでしょう。

 

ただ、ネパールも少しずつ変化しているのは確かです。

ネパールの教育省では、近年、ネパールの公立校でも、週に一回金曜日の一時限を『情操教育』の時間にあてるようにという指導要項を発表しています。

これは、よい傾向だと思います。

しかし、現実問題として、そのための必要な画材道具などを揃えるだけの十分な予算もなく、アートや美術の先生が派遣されるわけでもない状況で、村の先生たちも、どうしていいのか困っているという現状があるのです。

 

 

村の学校で子どもとアートを教える意義はあるのか?

通りすがりのツーリストには見えてこない、上記のようなネパールの教育現場の問題点も、年に一回とはいえ、回数を重ねていけば、徐々に見えてくるものです。

そして、10年目という今回の旅に際し、今後の動きも見据えて、参加者や当事者の間で、様々な意見交換が持たれました。

 

今回、学校側からは、授業を実施するだけでなくて、授業に必要な物資(画用紙や色彩道具など)の援助を希望する声も出ました。

情操教育に理解のない親からは、「服を汚すために学校にやっているんじゃない」という声もあるそうです。

先生の中には、外国から来た観光客につきあってやっているというくらいの感覚しかないように見受けられる人もいます。

 

参加者の声も様々で、物質的な援助でないところが、この旅の魅力になっているという人もいます。

例え無償とはいえ、学校の授業時間をさいておこなっているのだから、ちゃんと成果が出せるようなものをするべきだという意見もあります。

もっと学校の要望をくみとって、学校の授業の一環として、学校側が求める授業をしていくべきではという声もあり。

生徒の指導以前に、先生の指導というか、啓蒙というから、そういうことも必要ではという人もいて…。

 

でも、多くの人が関わる中で何かをやろうと思ったら、こんな風に様々な意見が出てくるのは、当然なんです。

そして、誰が正しくて誰が間違っているということも、ないんだと思います。

だって、みなそれぞれ違う立場から、違う視点で物事をみているのですから。

 

ただ、それでも、なにかをやり続けようと思ったら、ある程度の方向性が必要で、みんなの行動の指針になる方針も必要で、でも、それは、みんなで話し合いながら、決めていくしかないんでしょうね。

 

 

私が、私であることを見つめ直す機会でもあり

この旅の主催者でもなく、リーダー的メンバーでもない私には、この旅の今後の方向性を決める権限はありません。

でも、この旅に参加することが、私にとって、いろんなことを改めて考える機会になっていることは事実です。

 

最初の頃、私は、このツアーの意義については正直、懐疑的でした。年に一回アートを教えるだけで、どれだけこちらの意図が伝わるだろうかと。

でも、それは、私の独りよがりなジャッジメントにすぎなかったと今は思います。

 

一年に一度ほんの一時間半の時間にすぎないかもしれないけれど、日本からやってきた人々とアートで遊んだ時間は確かに、子供たちの体験として残ります。

それがきっかで絵が好きになる子がいるかもしれない。

それがきっかけで、日本という国に興味を持つ子がいるかもしれない。

自分の思うように表現して、それが楽しいと思ってくれて、そんな小さな一歩一歩の積み重ねが、自分の意見をしっかり言える人間をつくりあげるのかもしれないとも思います。

 

ま、日本から20人もの大人がくれば、いろんな期待や下心を抱く人々が寄ってこないとは限りません。それに、私のいうことなんて、所詮理想論で、まだまだ甘いのだとも思いますが、それでも、そう思っちゃうのが私だから、仕方ないかなあ〜。

 

そんなわけで、ヒマラヤの大自然の中、村の子どもたちと接する機会と、いろんなことを考える機会を与えてくれたこの旅に感謝しつつ、今日は、このあたりで、ナマステしたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

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