国際結婚海外移住組、うちの娘の留学事情【ネパールからチェンマイへ】

ナマステ〜、高校一年から娘をチェンマイ(タイ)のインターナショナルスクールに送り出し、ドータシックに陥っているmiyachikaです。
でも、かわいい子には旅をさせろって言うじゃないですか。
ライオンは我が子を崖から突き落とすとも言いますよね(本当に突き落としたりはしないようですが)。
我が子の将来を思えばこそ、断腸の想いで、送り出しているわけですよ。
なんて言うと大げさになっちゃいますが、若干の寂しさを感じているのは、本当です。
寂しいけど、でも、娘の将来を思ったら、外に出した方がいいという結論だったわけで、そこには、広い視野を持ってもらいたいという想い以上に、ネパールの教育や社会の現状に対する疑問や不安があったことも事実。
発展途上国の配偶者を持つ国際結婚組の親なら、誰もが直面する子供の進学問題。今日は、この問題について、うちのパターンをお話ししたいと思います。
娘の将来を考えた時、やっぱりネパールの高校を選べなかった
うちの娘は、幼稚園からネパールの私立に通っていました。地元の私立の幼稚園からそのままエスカレーター式に一年生に…。
というと、なんだか、すごいお坊っちゃま、お嬢ちゃまコースのように思われちゃうかもしれませんが、ネパールでは、これ普通です。
(ネパールの教育システムについては、別記事「ネパールの教育システムの現状と課題」をご参照ください)
私立といっても、ピンキリで、学費は1ヶ月1000ルピー程度の学校から10000ルピーを超える学校まで、設備、規模ともにバラエティに富んでいます。
そして、都市部では、公立よりも私立に子供を通わせる親の方が多いように思います。
カトマンズの方がクオリティの高い学校もあるのでしょうが、カトマンズという公害都市に暮らす気持ちになれず、私は、ポカラの中堅の私立に娘を通わせました。
月謝は学年が上がるごとに上がっていきますが、9年生の時点で、2500ルピー(3000円)くらいでしたのでそう負担にもなりません。
このまま、12年生までネパールの学校に通わせ、大学から海外に送ってもよかったのです。その方が安あがりですしね。でも、娘はずーっとネパールの学校を嫌がっていました。
それに、16歳。物事の良し悪しも一応判断できる年齢になりました。
そして、彼女の人生は、高校の三年間の過ごし方で大きく変わるように思われました。
いろんなものを柔軟に吸収できる高校生だからこそ、暗記重視の勉強だけでなく、いろんな経験をさせてあげたい。というか、高校生の今、その暗記中心の勉強スタイルから脱出しなければ、大学に行った時に伸び悩むと思いました。
そして、本人も、外に出ることを強く望んでいる。
私のツレアイは、口には出さなかったけど、ネパールの学校にずっと行けばよいと思っていたかもしれません。
でも、彼女の将来を考えた時、ツレアイに対して、申し訳ないとどこかで思いながらも、やっぱり私には、ネパールの私立の高校を選べませんでした。
大学を卒業しても就職先がないネパールの現実
もし、娘が将来的に、働く女性を目指す気がなく、お嫁さんになって、お母さんになって、専業主婦の暮らしをしたいというのであれば、話は別でした。
でも、彼女は、仕事をして自立したいと思っていました。ネパールという小さい社会ではなくて、海外で自分を試したいという想いもありました。
自分の生まれ育った国を出て、海外で勉強し、海外でそのまま就職したいというのは、今のネパールの若者の大多数の想いでもあります。
ネパールという国の将来を考えた時、たくさんの若者が、特に、優秀な若者が、海外に流出してしまっている現状は、嘆かわしいものです。でも、一人ひとりの人生を考えた時、自分の能力が生かせる場所に行きたいと思うのは、当たり前の願いでもあります。
大学を卒業したところで、普通にネパール国内で就職できる確率はどのくらいあるでしょう?
ネパールの国立大学を卒業したところで、自分の専攻学科が生かせるような職につくことは至難の技です。少ない求人の枠はコネで埋まってしまうし、だいたい、産業自体が低迷しているような国です。
親としては、実際問題として、子供が大きくなって経済的自立をしてくれないと困ります。
それなら、多少無理してでも、借金してもでも、海外で勉強させ、海外で就職させた方がいい。多くのネパールの親が、そう思っているのも現実なんです。
そして、ネパールはまだまだ女性の地位が低い国です。そんなこんなのすべての状況を見据えた上で、自分で女性蔑視の気風が残る社会で生きることを選ぶのであれば、別ですが、まだ先のことは未定の若者ですから、親としてはできるだけ選択の幅を広げてあげたいと思ったのです。
高校2年生になって、たくましくなった娘を見て思うこと
留学したての最初に数ヶ月は、慣れない外国生活に、愚痴めいた娘からのメッセージがよく届いたものです。
インターナショナルスクールとはいえ、タイのチェンマイという田舎の学校です。生徒はタイ人と中国人のおぼっちゃま、お嬢ちゃまたちが多く、中国語とタイ語が飛び交う寮の生活になかなか馴染めなかったらしいのです。
でも、数ヶ月たち、友人ができると、愚痴めいたメッセージはぐっと減りました。インターナショナルスクールに通うのは初めてとはいえ、ネパールの私立で幼稚園から英語で勉強してきた娘です。英語では、苦労しなかったようです。というか、タイ人や中国人がほとんどのクラスメートの中では、英語はできる方みたいなんですよね。うらやましい。
また、討論やグループ発表など今までネパールで体験したことのない、外国人の先生による授業も新鮮だということ。
「勉強ってこんなに楽しいって初めて知ったよ」
という娘の発言に、今までかなり我慢してたんだなあと申し訳ない気持ちになったりもして。(娘のネパール時代の学校生活については、「教育熱の高まるネパール、でも、その実情は暗記教育?」をご覧ください)
でも、勉強が楽しいと言ってもらえると、無理して留学させたかいもあります。
いろんな国の人との学園生活を楽しんでいる娘の姿を見るのは、親としては感慨深いものがあります。
そして、高校2年生ともなると、進学についてもかなり真剣に考え始めています。今までは、娘の学校を探すのは、母親である私の仕事でした。幼稚園を決め、小学校を決め、今のインターナショナルスクールも私が決めた学校でした。
でも、今は、自分の専攻希望の学部がある大学を自分で調べて、高いハードルに挑戦しようとしています。
ああ、私のできることは、経済的援助くらいなんだなあと、たくましくなった娘を見て、しみじみしてしまいました。寂しいような嬉しいような、そんな感じ。
さいごに
学校も卒業し、就職もし、それでも、ネパールで生きることを選んだ私ですが、それは、私の生き方で、娘にそれを強いることはできません。先進国の暮らしがベストだとは思いませんが、だからと言って、ネパールでの暮らしがベストと思っているわけでもありませんしね。
何がベストな選択なのか、そんなことはわかりませんし、だいたいそんなものはないのかもしれません。
ただ、わかっているのは、今、自分の手にしている現状は、自分の選択の結果であるということ。
そして、親としてできることは、子供にとっての選択の幅を広げてあげることくらいです。
娘の自分で自分の将来を真剣に考える姿に、できる限りの応援ができる母でありたいな、私もまだまだ頑張らないとなと、改めて思っている私です。
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[…] (その詳しい理由や経緯については、「私が断腸の想いで、娘をネパールから海外の高校へ留学させた理由」をごらんください) […]