50歳から海外でフリーランスとして生きる

アジアには日本が失ったものがある? アジアに暮らして思う、思い込みの危険性

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ネパールのポカラ在住、時々日本やタイ、その他いろんな国に出没する、エディター兼ライター兼コーディネイターのみやちか(Chikako Miyamoto)です。今まで培った編集力を駆使して、50歳からのトキメキのある人生を発信し続けるお姉さん。

日本人が失ったしまったものがアジアにはある、とはよく言われることです。確かにある意味、それは間違っていないようにも思います。

ただ、その日本人が失ってしまったと思われる物事だけが美化され、拡大解釈され、まるで、アジアが理想の楽園であるかのように語られることに対して、アジアに住むものとしては、どこか違和感を感じざるを得ません。

また、その逆に、アジア人は最低で怠惰で信用できないという意見も、(まあそういう一面もあるにしても)全員がそうであると決めつけるべきものではないように思います。

そんな両極端な思い込みやレッテルから自由になれば、もっと違うアジアが見えてくるのではないでしょうか?

 

アジア人は、素朴で純粋な人々ばかりなのか?

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ネパールに長年暮らしていると、ツーリストのように贔屓目にネパール人を見てあげられなくなります。

もちろん、優しい素朴な人々しかいない国なんて、この世のどこにも存在しないでしょうから、それはツーリストの描く幻想なのです。

それでも、ネパールに訪れたツーリストは、ネパールの人々を純粋で心の美しい人々と思いたがり、そこに、日本の失ったものを見たがります。

それは何もネパールに限ったことではないのかもしれません。

アジアの農村を訪れるツーリストが共通して抱く想いであるようにも感じます。

でもそれと同じくらい、アジア人はどいつもこいつも信用できないろくでなしばかりだという意見も見られます。これは、アジアで働く外国人によく見られるパターンですが、これだって、偏った思い込みにすぎません。

いい人もいれば、悪い人もいる、賢い人もいれば、愚かな人もいる、正直者もいれば、ずる賢い奴もいるものです。ただ、その比率が国によって多少違うのだけのような気がします。

物事には常に表と裏があります。素朴ということは、裏返せば無知であるとも言えるし、フレンドリーということは、ずうずうしいとも言えるわけで…。

片側だけを見て、判断すれば、それは間違った思い込みになってしまいます。

 

 

アジア人に対する過大評価はいつしか幻滅を招く

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とはいえ、アジアでカモである日本人、狙い撃ちで騙されることも多く、すっかり人間不信になってしまって、帰国してしまう人もいます。

ネパールの場合、「ネパール大好き、ネパール人みたいなフレンドリーで優しい民族はいない」と語っていたような人ほど、ネパールが大嫌いになって帰っていくパターンが多いですね。

幻想が大きすぎると、幻滅した時のショックも大きいのかもしれません。

「いや〜、そうかなあ。ここの人も普通の人よ、普通。いい人もいるけど、ひどい奴もいるからね〜」と私が言っても、貸す耳持たず。

そのくせ1年後には、「ネパール人は詐欺だ、ろくでなしだ!」と叫んでいたりするのです。

過度の期待は、そうならなかった時に、大きな失望となって返ってくるのでしょうね。

正直いうと私もそういう時期はありました。でも、盲目的に人を信じた自分の落ち度であったと今は思っています。

アジアに長く住む日本人の周りには、美味しい思いをしたくて、様々な思惑を抱えた現地の人も集まってくるものです。

現地の人よりも詐欺師に出会う確率は高いのかもしれません。

 

 

 

アジアライフで頼りになるのは、自分自身の人を見る目と判断力

 

だからと言って、騙されてなるものかと現地の人を一切寄せ付けず、何もかも疑って、カリカリしていては、毎日が苦痛なだけです。

一体なんのために海外に住んでいるのか、これでは全く無意味です。

全面的に信じるなと言いましたが、それは全面的に疑えという意味ではありません。そんな風に孤立した状態では、永遠に現地の人を見る目も養われないでしょう。

日本において、誰も彼をも盲目的に信じないように、アジアでも同じように行動すればいいだけなのですが、ただ、言葉の壁は判断を鈍らせ、文化の違いは判断を誤らせたりもします。

海外ライフにおいて頼りになるのは、自分の人を見る目と判断力ですが、異文化において、それを発揮するには、ある程度長く住んでいないと、その国の人を見る目は養われないかもしれません。

言葉と文化を全て理解するのは難しいでしょうが、人を見る目を養うにはどうしても必要なことです。

 

 

アウェイの海外暮らしを支えるのは、信頼できる現地人がいるかどうか

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実のところ、私もいろいろ騙されました。

ネパールに住み始めて1年の間に3回ほど。

3回も騙されてやって気づくなんて、本当にお人好しもいいところですが、でも、その当時の私は、ネパール語があまりできず、英語すらほとんどできず、ネパールの経済状況、文化などほとんど理解できてなかったのです。

それからです、必死でネパール語を覚えたのは。

ネパール語が理解できるようになると、英語で彼らと会話していた時には見えてこなかったものが見えてくるようになりました。

彼らにとっても外国語である英語での会話の時には見えにくかった、彼らの人間性が、ネパール語で会話することで見えやすくなりました。

それからです。いい人間関係を築けるようになったのは。

信頼できる人が一人増え、二人増え、そうやってもう10年以上お付き合いしている仕事関係が今では10人以上います。

海外で暮らしていく上で、信頼できる友人やビジネス相手を見つけることは、重要です。

というか、アウェイである海外だからこそ、信頼できる友人や知り合いが何人いるかが、長く暮らしていけるかどうかの分かれ道になるのです。

 

 

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