2017/07/14

一見悪く思われる出来事も、人生という長いスパンで見れば、全ては愛情である

 

 

こんにちは。

最近、物忘れがひどくなってきたネパール在住フリーランスライターみやちかです。

 

いろんなことを忘却の彼方に吹き飛ばすことが得意らしい私の記憶力は、本当にいろんなことが定かではありません。

というか、『過ぎたことなど覚えておく価値がないと思ってんのか、お前』と突っ込みたくなるほど、いろんなことを忘れ去っています。

 

が、ひょんなきっかけで、すっかり忘れていたことが思い出されることもあります。

そして、時に、それが、今まで認識していた意味と、全く違う意味を持って現れたりすることもあるのです。

 

これってかなり衝撃的ですよ。

 

だって、いかに自分が感情や思い込みに囚われて、本当のところが見えてなかったかが、突きつけられるようなものですから。

 

実は、最近、そんな衝撃的な気づきがありまして。

でも、そのおかげで、私の心の片隅でこっそり目立たないように居座っていた小さな罪悪感から解放されることができました。

 

今日は、その出来事をみなさまにシェアしたいと思います。

 

人は自分の都合のいいように記憶する生き物である

 

それにしても、記憶というのもは、本当に当てにならないものだと、思い知らされました。

 

人は、自分に都合よく記憶する。

 

これはもう、自己防衛本能といってもいいかもしれません。

自分を傷つけないための記憶操作。

それを、無意識下で行っちゃうものだから怖いんです。

 

そういえば、私の人生の師匠は、人は誰でも、脳に残された感情を伴った記憶と、魂に残された記録を持っていると言っておりました。(詳しくは『記憶と記録の違い』をご参照ください。)

そして、普通、生きている間は、魂に残された記録を見ることはできません。

魂の記録は、死後、自分の人生を振り返るときに、自分の持ち帰った記憶と照らし合わせながらみるものだからだそうです。

 

でも、人間ってのは、本当に自分が可愛いものです。

可愛くて可愛くて、可愛がり方を間違って、自分の都合のいいように実際の出来事を捻じ曲げちゃったりもするのです。

 

自分にも落ち度があったにもかかわらず、他人だけが悪いことになってしまっていたり、自分がやるべきことをやらなかったのに、もっともらしい言い訳で飾ってみたり。

すごーく恥ずかしかったり、辛かったりした出来事に対しては、そんなものは、はなからなかったことにしちゃったりもするのです。

 

 

つきつけられた三行半こそ、彼が私にくれた最大の愛情だったと気づいた時の衝撃

さて、そんな風に都合のいいように操作されたあやふやな記憶に大きく影響されながら、生きている私たち。

感情を伴った記憶においては、最悪の出来事として残されていて、思い出したくないことも、たくさんあったりします。

 

そして、『その記憶』は、最悪とまではいかないまでも、決して、いいとはいえない出来事についてのものでした。

 

30歳で単身ネパールに移住し、32歳で現地で出会った人と結婚した私ですが、実は、29歳までは、日本で結婚しておりました。

 

その彼にある日、突然、「好きな人ができたから、離婚したい」と言われたのです。

 

予想もしてないことだったので、驚きましたが、でも、内心ほっとしたのも確かです。

当時の私は、旅先で出会ったネパールに夢中で、ネパールで会社を立ち上げることしか頭にないような状態でした。どこかで結婚している自分に不自由さを感じていたのです。

『これで、自由になれる』

そう思いました。

そう思ってしまった自分にどこかで罪悪感を感じながらも。

 

彼と離婚した私は、思い残すことなく、日本を後にネパールに移住することができました。もし、彼と離婚してなかったら、今の私はなかったと思います。

でも、今、改めてのそのことを思い出してみて、思うんです。

 

あれは、彼が自分を悪者にして、私が私の人生を一歩踏む出す機会を与えてくれたのではないかと。私への愛情が冷めたと一見思われる発言の裏には、実は深い深い、表面的には愛情とは理解されない愛情があったのではないかと。

自分を悪者にまでして、私の背中を押してくれた、そう気づいたとき、いろんなことの価値観が一気に逆転するような、めまいに近い感覚に襲われたのでした。

 

 

一見、愛情とは反対に見えることが、実は深いところで愛情だったりする

 

結婚している相手から、好きな人ができたから離婚したいと言われること。

これって、普通に考えたら、どう考えてもいい出来事ではありません。

 

でも、その時の私にとって、それが、私の人生を先に進むためにどうしても必要なことだったとしたらどうでしょう?

 

だいたい、彼がそのとき、他の女性に恋していたのが事実だとしても、わざわざそれを告白する必要などなく、家庭を留守にしてはネパールに通う私の行動を理由に離婚を申し渡せばよかったんです。そうされても当然の、ひどい妻だったとも思います。

そうすれば、彼は悪者になる必要もなかったし、私も変な罪悪感を感じることもなかったんです。

 

でも、その奥には彼さえも意識していなかった、私に私の人生を歩ませてあげたいという無意識の深い愛情があったとのだとしたら?

自分が悪者になることで、私が離婚話にノーと言えない状況を作り出してくれたのだとしたら?

 

確かに、私がネパールにうつつをぬかす悪妻であるという理由での離婚の申し渡し出だったら、離婚までは至らなかったかもしれません。

私が確実に、日本に未練を残さずに旅立てるとしたら、彼に新しいパートナーは必要だったのだと思います。

 

人生において、起こるべきことが起こるべくして起こったのだと思わざるおえないことがあるとしたら、私にとっては、この出来事こそがそうでした。

 

彼は、とても優しい人で、何度も私を支え、助けてくれましたが、一番の私への愛情の表現が、私に突きつけた離婚宣告だったとは。

人生とは、そして愛情とは、なんとも深いものだと、最近しみじみ思います。

 

 

人生は絶対にあなたを見捨てない

 

人は、困難の中にいるとき、混乱しているとき、悲しみに打ちひしがれているとき、人生に見捨てられたように感じることがあるものです。

 

でも、人生は決して、あなたを見捨てることはありません。

 

むしろ、その辛い出来事は、人生という長いスパンで見た場合、あなたの人生を祝福しているのかもしれません。

愛情の対極にあると思われる出来事も、全て突き詰めれば愛情に行き着きます。

 

もちろん、困難の最中にいるときは、なかなかそんな風に思えないのが当然で、私も、自分の人生を呪ったことは何度もあります。

 

でも、嵐が過ぎ去って、少し落ち着いたとき、そんな視点から一度自分の人生を振り返って見たら、違ったものが見えてくるかもしれません。

 

それがあなたの人生を一歩先に進めるためのきっかけになれば幸いです。

 

な~んて、今日は、少し、真面目に語ってしまいました。

 

最後に、私に大きな気づきを与えてれた元旦那さんへ、愛を込めて

たくさん、たくさん、ありがとう!

 

 

 

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Comment

  1. 高森 千賀子 より:

    はじめまして、ちかこさん。
    もうすぐネパールへ行くので検索していたら、同じ名前のちかこさんが見つかりました。私と似ていることが多くて、なんだかお会いしたいなと思ったのです。でもポカラ在住ですよね。私は今回はカトマンドゥしか行かないので残念です。
    メールのやり取りができるようになると嬉しいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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